セラヴィ. これもまた人生さ

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死を直視すると、死を恐れなくなる

相変わらず「死」に関することだけを検索し続けているのだけど、ときどき少し気持ちが和らぐ記事に出会うことがある。

こちらもそのひとつで『Dress』というウェブマガジンから。

 

医師であり小説家でもある久坂部羊さんが、多くの死を看てきた経験から気づいたことが記事にされていたものです。

久坂部さんは数多くの医療系著書や小説を書いています。私はまだ読んだことはありませんが、医師であったお父様の最期の様子を題材に書かれた本が気になります。

久坂部羊 - Wikipedia

 

 

死を直視すると、死を恐れなくなる

死を受け入れている人は、無闇に病院にかかりませんし、無理に死を遠ざけもしません。それまでの人生に満足し、ときには死を歓迎さえして最期を迎えます。

どうすればそんな心境になれるのか。それは死を直視することだと思います。

 

無闇に病院にかからないというのは少し極端な気もするけど、死から目を背けるからこそ生じる思い込みが死の恐れになると久坂部さんは書いています。

 

私は幼少期から臆病な気質だったので、ずっと不安と共に生きてきました。なので、大胆不敵で思いきり生きてる人への憧れがとても大きい。そんな理想の人たちでも死への不安はあるのかしら。実際にはわからないけど、肝が座ってるというイメージを持っています。ああやっぱり羨ましい。

 

死に時を決めて生きる

久坂部さんは、死に時を考えて生きることを勧めています。

 

私がお勧めする死に時は60歳です。これは何も60歳で死ねというのではなく、自分の人生は60歳ぐらいで終わるものとして生きるということです。そうしておけば、たとえば70歳で死ぬとしても、「10年得した」と思えるでしょう。死に時は80歳などと思っていると、10年損したと嘆かなければなりません。

 

さらに、80歳を死に時にしていると、50代になってもまだ30年近くあると油断して、時間を無駄にしてしまう可能性もあります。60歳を死に時にしていると、あと10年しかない、こうしてはいられないと、人生に真剣になるでしょう。だから死に時は早めに設定するに限るのです。

 

とても納得します。

私も人生を長く設定しては、いざ何をしたら良いか考えると途方に暮れて結局何もしないまま時が流れました。時間を無駄にして生きてきました。

今焦って考えると、何か成し遂げるにはこの先は短かすぎる。

だけど少し考え方が変わってきました。

 

成し遂げようと考える必要はない、成し遂げたいと思うことが出てきたらいつからでも取り組めばいい。たとえそれが途中までしか出来なくてもそれでもいいじゃない、そんな風に思えたら気持ちは楽になりそうです。

気になることは調べてみる。興味を持ったことはやってみる。そんな小さな行動の積み重ねから始まるのだろう。そんなことが腑に落ちるまで時間がかかりました。

 

私は50代に突入してやっとのことで自分の人生に真剣に向き合うことになりました。

遅かった…と絶望してしまう時もありますが、それでも時は止まってくれない。ならば、今ここから。

今日も死ぬこと生きることを考えながら、とにかく生きています。

 

ここで紹介した久坂部羊さんの記事はこちらです。